『摂食嚥下障害の代表的な病態は?』
解説:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科高齢者歯科学分野 戸原玄(とはら はるか)
1.代表的な病態
摂食嚥下障害の代表的な病態には、誤嚥、喉頭内侵入、咽頭残留があります(表1)。誤嚥は食物などが声門より下に侵入することを指します。誤嚥のタイプには嚥下前誤嚥、嚥下中誤嚥、嚥下後誤嚥の3つがあります。この前・中・後は嚥下反射と誤嚥の時間的な関係を指しており、嚥下前誤嚥は反射が起こる前、嚥下中誤嚥は反射中、嚥下後誤嚥は反射が起こったあとの誤嚥を表します。嚥下前誤嚥は主に液体などが咽頭に流れ込むのに嚥下反射が間に合わないために起こる誤嚥で、嚥下中誤嚥では嚥下反射は間に合っているものの喉頭挙上や声門の閉鎖が弱いために、嚥下反射中に食物が気道に押し込まれるような状態を指します。嚥下後誤嚥は嚥下反射が起こったときには誤嚥は認められないものの、咽頭などに残留した食物が後から流れ込んで誤嚥するような状態を指します。
また、気道への侵入の程度が浅く、声門より上部まで侵入した状態を喉頭内侵入と呼んで、誤嚥と区別します(図1)。どなたでも水などを飲んだときにひどくむせこむときがあると思いますが、そのような状態が誤嚥で、軽く咳払いをしたくなるようなときには喉頭内侵入と呼ばれる状態が起こっていると考えるとイメージしやすいと思います。図1の左写真が喉頭内侵入の例、右写真が誤嚥の例を示していますが、気道への侵入の程度が異なっていることがわかると思います。
その他、誤嚥があったときには必ず咳反射によって誤嚥物を喀出する必要がありますが、状態によってはまったく咳反射が起こらない場合があります。このような状態は不顕性誤嚥と呼んでさらに区別します。これは見た目では判断がつかないので非常に危険な状態であるといえます。また、誤嚥や喉頭内侵入など気道内への侵入が見られない場合にも、著明な咽頭残留は異常と判断します(表1)。
これは、咽頭の収縮が弱く食べ物をのどへ押し込むことができない場合、喉頭挙上が弱いために結果的に食道の入り口の開きが悪い場合、また口腔から咽頭の乾燥が強いために粘膜上に食べ物が付着してしまう場合などによく起こります。特に喉頭蓋谷と梨状窩が残留しやすい場所であることを覚えておくとよいでしょう(図2)。
2.摂食・嚥下の5期との関連
では、前章で紹介した摂食嚥下の5期と上記の代表的な病態との関連を考えてみましょう。
認知期障害は食べるペースが異常に早い、食べ物に興味を示さないなど、準備期障害は食べ物が口からこぼれるまたは噛めない、口腔期障害および咽頭期障害はそれぞれの部分での送り込みが弱い・遅い・できない、食道期障害は蠕動不良や逆流が主な症状となります(表2)。
これらのうち誤嚥・喉頭内侵入および咽頭残留の主な原因となっているのは、もちろん食物を送り込む時期である口腔期障害と咽頭期障害となります。これらのステージの障害は直接的に誤嚥や残留などの状態を引き起こしていると考えてよいでしょう。しかし、その他のステージの障害でも誤嚥などが起こることがあります。例えば食べるペースの異常、咀嚼の不良が原因でも誤嚥の原因となることがあります。
このような症例に対して2章で示したような補正を行うことで誤嚥などの症状を軽減することができるのであれば、口腔期や咽頭期の問題よりも認知期や準備期の障害が症状の原因であると考えられます。“摂食・嚥下障害”という大きな枠ではなく、摂食・嚥下障害のどのステージの問題が、誤嚥や咽頭残留などの病態に影響しているのかを細分化して考えることが大切です。
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