『口腔ケアに使う消毒液について(パート2)』
解説:北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学分野高齢者歯科学教室准教授 渡邊 裕
前回の「口腔ケアに使う消毒液について(パート1)」でお話させていただきましたように、口腔ケアに使う消毒液について次に考えなければならないことは細菌に対しての効果ということになります。現在、看護・介護の現場で口腔ケアに使用されている代表的な消毒液は以下の7つです。
もちろん、これ以外に歯科用などに発売されているものはたくさんありますが、今回は看護、介護の現場で入手しやすいものとさせていただきました。
1.グルコン酸クロルヘキシジン
殺菌消毒効果は長時間持続し、また強いイオン性をもっており、歯面粘膜によく付着するといわれています。欠点は苦みが強く、アレルギーの可能性があることです。
(厚生労働省医薬食品局安全性情報:https://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/01/h0129-1.html)。
また、歯牙の着色や味覚異常や歯石形成を導くともいわれています。日本においては過去に重篤なショック(0.1%未満)の報告があり、うがい液としては医薬部外品としてしか販売されていません。
コンクールFR(0.05%グルコン酸クロルヘキシジン)
(https://www.weltecnet.co.jp/products/concool/concoolf.php)
欧米においては心臓手術を受ける患者に対しグルコン酸クロルヘキシジンを含有する薬剤にて口腔咽頭のリンスを行ったところ術後感染症の予防に効果があったとの報告があり、2003年のCDC(米国疾病予防管理センター)の院内肺炎予防に関するガイドラインではカテゴリーⅡの推奨がなされています。日本においても、グルコン酸クロルヘキシジンは皮膚消毒では一般的に用いられている薬剤であり看護・介護の現場では入手しやすい薬剤のひとつです。
2.ポピドンヨード
すべての口腔内細菌に対し強い殺菌作用を示し、インフルエンザなどウィルスに対しても有効であることが証明されています。また、強いイオン性をもっており、歯面や粘膜によく付着するため、効果も持続すると考えられます。ポピドンヨードはイソジンR(https://net.meiji.co.jp/drug/isodine/products/kusuri/)として看護・介護の現場で汎用されていますが、含嗽剤として処方されるイソジンガーグルはエタノールを含有しており、口腔乾燥を助長させやすいと思われます。甲状腺の機能に異常がある方やヨウ素アレルギーのある方には注意が必要です(厚生労働省医薬食品局安全性情報 https://www.mhlw.go.jp/houdou/0107/h0725-1.html#13)。使用濃度については「口腔ケアに使う消毒液について(パート1)」で解説しましたが、1%イソジン(0.1%ポピドンヨード)くらいで使用するのがよいと思います。
<実験> 実際に口の中から採取した歯垢を顕微鏡で観察してみると、球菌や桿菌が活発に動き回っているのがよく分かります。また左端に細菌塊(バイオフィルム)が認められます(図1)。次にこの中に1%イソジンを入れてみます。残念ながら球菌や桿菌の活動性に変化は見られず、細菌塊(バイオフィルム)もそのままであるのがわかります(図2)。このことは口の中の細菌、特に細菌塊(バイオフィルム)には消毒液の効果がないことを示しています。
3.塩化ベンゼトニウム
陽イオン界面活性剤(逆性石けん)であり、細菌、カビ類に広く殺菌性を有する。低濃度で殺菌効果があり、毒性は低く、刺激も少ない。泡立つことにより洗浄作用も有する。
ネオステリングリーンR(https://www.hasegawanet.co.jp/02_tools/tool_text/neo.html)
4.アクリノールR
グラム陽性・陰性菌に有効で、作用機序は、生体内でイオン化して、細胞の呼吸酵素を阻害するといわれている。生体組織に対する刺激性は、ほとんどなく、血清や蛋白質の存在下でも殺菌力は低下しない。
(https://www.maruishi-pharm.co.jp/med/product/001/01.html)
5.オキシドール(過酸化水素)
組織、細菌、血液、膿汁などをカタラーゼによって分解し、酸素を生じ、殺菌作用を呈します。また組織、血液成分を融解するため、乾燥付着物を剥がしやすくします(舌苔にも有効)。また発泡することで、機械的に清浄化する効果があります。嫌気性菌に有効です。
アレルギーはありませんが、殺菌作用は弱く、効果は短時間で、浸透性も弱いといわれています(すぐに酸素と水になってしまいます)。(https://www.oriental-yakuhin.co.jp/gaiyou/kyokuhougaiyou/okisido-ru.html)
6.緑茶(カテキン)
カテキンは強い殺菌作用を持ち、インフルエンザウィルスに対しても効果があるといわれています。また口臭予防にも効果があるとされています。しかし通常の緑茶の中に有効濃度のカテキンが含まれるかは疑問のあるところです。
7.強(超)酸性水(pH 3.0未満)
細菌やウィルス、真菌が生存できる環境はpH 3.0~10.0とされており、強力かつ広範な殺菌作用を持つといわれています。また抗生物質のように耐性が生じることはありません。しかし、光にあたったり、有機物(分泌物、血液、壊死組織)に触れるとただちに失活し、塩水に戻ってしまいます。さらに金属を腐食するため、使用、保管方法に十分な注意が必要です。つまり臨床の場で効果のある状態で使用することは非常に困難ということになります。
最後に次のような報告があります。京都大学のSatomura先生らが行った調査で、387名の健康なボランティアを、1日3回以上水でうがいをするグループと、1日3回以上ヨード含有液を使ってうがいするグループ、さらにうがいをしないグループの3つのグループにわけ、60日間、風邪の発症について観察しました。結果30日あたりの風邪をひく頻度は、何もしないグループでは0.26、ヨード含有液をつかってうがいをしたグループでは0.24、水でうがいをしたグループでは0.17となり、水でうがいをしたグループは何もしなかったグループに比べて、36%風邪の発症が減少しました。
一方、ヨード含有液をつかってうがいをしたグループは何もしなかったグループと変化はないという結果でした。この結果についてSatomura先生らはヨード含有液の効果があまりにもみられないことについて、ヨード含有液の殺菌作用により口腔咽頭の常在菌を死滅させてしまったこと、ヨード含有液がのどの粘膜を障害してしまったことを挙げています。このことは、口腔咽頭の常在菌叢や口腔粘膜を正常に保つことが、風邪やインフルエンザ、さらにはMRSAや緑膿菌といった外来菌による感染を防ぐことにつながることを示唆しているのではないでしょうか。
このことから、皆様は口腔ケアに使う消毒液についてどのようにお考えになりますか?
<参考文献> |
1.DeRiso AJ 2nd, Ladowski JS, Dillon TA, Justice JW, Peterson AC. Chlorhexidine gluconate 0.12% oral inse reduces the incidence of total nosocomial respiratory infection and nonprophylactic systemic antibiotic use in patients undergoing heart surgery. Chest. 1996 Jun;109(6):1556-61. 2. Segers P, Speekenbrink RG, Ubbink DT, van Ogtrop ML, de Mol BA. Prevention of nosocomial infection in cardiac surgery by decontamination of the nasopharynx and oropharynx with chlorhexidine gluconate: a randomized controlled trial. JAMA. 2006 Nov 22;296(20):2460-6. 3.Satomura K., et al.: Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med. 2005 29:302-7. |
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