答え

  1. リズム
    ほぼ正常の幅のQRS波が、先行するP波を伴って規則正しく打っています。P波はI、II、aVFで陽性ですから洞調律と考えられます。心拍数は90/分弱程度でしょうか。よくみると、四肢誘導記録の6拍目の心拍のP波は他と形が異なっており、ここだけ前の心拍からのRR(PP)間隔がほんの少し短いようです。P波の形が他とは異なる事から、この心拍は異所性の心房興奮によるものと考えられ、僅かながらも早期性をもって出現していることから心房性期外収縮と診断します。
  2. P
    II 誘導でP波の幅は2目盛半(0.10秒)あまりで、正常(<0.10秒)よりもやや広くなっています。II 誘導でP波の幅が広くなっている場合には左房負荷を疑い、V1誘導のP波の形をチェックします。V1のP波を見ると、±の二相性を呈しており、P波の後半にハッキリした陰性の部分があるのがわかります。心電図ではこの陰性の所見が揃っている事で左房負荷と診断します。
    左房に負荷がかかると、左房の興奮所要時間が長くなります。洞調律時の心房興奮は右房から始まっているため、元々遅れて興奮する左房の興奮所要時間が延長すると、たちまちP波の幅の広がりという形で心電図に反映されます。しかも左房は解剖学的に心臓の後ろの方にあるため、その興奮はV1の電極位置(第4肋間胸骨右縁)から離れて行く方向への電気の流れとなりますから、V1のP波で陰性の波形となるのです。
    また、II 誘導でのP波の高さが約3目盛半(0.35mV)と、正常(<0.25mV)よりかなり高くなっています。この II 誘導でのP波が高くなっているという事から右房負荷と診断します。
    洞調律時の心房興奮は、右房上方にある洞結節から始まって放射状に広がり左房へと伝わって行きますので、右房に少々負荷がかかっても心房全体のの興奮所要時間はほとんど長くはなりません。右房は解剖学的に心臓の前の方にあって負荷がかかると前胸壁に近づきますから、心電図上ではII誘導でのP波の増高という形で現れるのです。
    ということで、この心電図では両心房負荷があるということになります。
  3. PQ
    PQ間隔は4目盛(0.16秒)くらいですから房室伝導は正常です。
  4. QRS
    QRS波は幅が約2目盛(0.08秒)余りと正常範囲内で、aVR以外では明らかなQ波を認めません。aVLでほとんどR波が無いようにも見えますが、関連する他の誘導(I誘導や左側胸部誘導)で明らかなQ波を認めませんから異常とはいえません。
    胸部誘導はV1とV2でrR’ パターンを呈しています。右側胸部誘導(V1V2)のR’は心室の収縮期後半にこれらの電極に近づいてくる興奮を表していますから、右心室の興奮が左心室の興奮よりも遅れているものと考えられます。しかしQRSの幅は完全右脚ブロックの時のように広がっていませんから、不完全右脚ブロックと診断します。
    S波はV3→V6へ進むにつれて徐々に浅くなっていますから特に問題は無く、V5のR波の高さは約10mm(1.0mV)で左室肥大もありません。
  5. Axis
    肢誘導でR波とS波の大きさの差が最も少ないのはI誘導とaVL誘導ですから、電気軸は+90度と+60度の間をとって+75度とよみます。
  6. ST-T
    STはII、III、aVF誘導で僅かに下がっているように見えます。II、III、aVFは心臓の下の方を反映する誘導で、それら全ての誘導で僅かとはいえSTが低下していますから、下壁の心筋虚血を念頭に置いておく必要があります。ただ、虚血というには決定的なST低下ではなく元々こういう波形の方もおられますから、この心電図1枚ですぐに狭心症と診断してはいけません。狭心症の発作と確定診断するためには、非発作時に比べてSTが低下している事を確認する必要があるのです。
    T波はV1とV2で陰性、aVLで平坦になっています。右側胸部誘導の陰性T波は右脚ブロックではよく見られる所見で、またaVLの平低T波もこれだけでは異常とはとりません。この心電図ではI、III、aVL誘導で波形の基線がギザギザしているのが気になります。I、III、aVL誘導に共通して関与しているのは左手(四肢誘導の黄色)の電極ですから、左手電極の接触不良が疑われます。本来であれば心電図記録時に電極を確認し、このようなアーティファクトが混入しない心電図を記録するよう心がけねばなりません。
  7. QT
    QT時間の延長は無さそうです。

ということで、今回の心電図は 心房性期外収縮+両心房負荷+不完全右脚ブロックという診断になります。いかがでしょうか?

前回(第10回)と良く似た心電図でしたが違いが判りましたか? この心電図では、6拍目の期外収縮の判断とSTの判断が難しかったかもしれません。心電図を読み慣れていて問題なく複数の所見を拾えた人は、アーティファクトについても考えてみると、心電図の基本に帰る事ができますし、また別の面白みが出てくると思います。