答え
- リズム
正常の幅のQRS波が、先行するP波を伴ってほぼ規則正しく打っています。P波はI、II、aVFで陽性ですから正常洞調律と考えられます。心拍数は90/分程度で正常範囲。 - P
II 誘導でのP波の幅は2目盛半(0.10秒)余りとやや幅が広くなっており、一部で二峰性の形をしています。前回にも説明したとおり、、II誘導でP波の幅が広くなっている場合には左房負荷を疑い、V1誘導のP波の形をチェックします。この心電図のV1のP波は完全に陰性化していますから、この所見を伴っている事で左房負荷と診断します。II誘導でのP波の高さは約1目盛半(0.15mV)と正常範囲内ですから右房負荷はなさそうです。左房に負荷がかかると、左房の興奮所要時間が長くなります。正常洞調律時の心房興奮は右房から始まっているため、元々後で興奮する左房の興奮所要時間が延長すると、たちまちP波の幅の広がりという形で心電図に反映されます。しかも左房は解剖学的に心臓の後方にあって、その興奮はV1の電極位置(第4肋間胸骨右縁)から離れて行く方向への電気の流れとなりますから、V1のP波が陰性の波形となるのです。 - PQ
PQ間隔は4目盛(0.16秒)弱くらいですから房室伝導は正常。 - QRS
QRS波は幅が約3目盛半(0.14秒)あり、正常上限の0.10秒よりかなり長くなっています。ここで、QRS幅が広くなっているという事から、心室の興奮が異常(正常の刺激伝導系を逸脱した興奮)であると判断しなければなりません。この心電図のように、正常洞調律が心室に伝導しているにもかかわらず心室が異常興奮をしている場合、そのほとんどは脚ブロックが起こっているものと考えられます。そこでV1のQRS波をみるとQR型を呈しており、QRS波後半の幅の広い大きなR波のためにQRS幅が広くなっているのが判ります。また、四肢誘導を見てもQRS波後半の幅が広くなっており、一連の心室の興奮の後半に時間がかかっているのが判ります。このV1の幅の広い大きなR波はV1の電極に近づいてくる興奮を表しており、右室の心室興奮に時間がかかっていると判断できますから、このQRS波は完全右脚ブロックのために幅が広くなったものと診断します。
一般にST-TやQTの所見は、心室の興奮が正常(正常の刺激伝導系を介したもの)であるという前提で判定していますから、今回のようにQRS幅の広い心電図では読んではいけません。ただQRS波の主要構成成分である左室の興奮が正常の右脚ブロックの場合には、QRS波の前半にある異常Q波の有無、左側胸部誘導(V5~6)のR波高やSTに関しては読むのが一般的です。この心電図ではV1~V4で、本来はあるはずのない深いQ波(異常Q波)を認め、V5 V6 のR波も極端に低くなっていますから、前壁中隔に広範な貫壁性の心筋梗塞があるものと考えられます。 前回にも説明したように、貫壁性の心筋梗塞が起こるとその部分の心筋は壊死に陥って電気活動を停止しますから、該当する部位の心電図波形からR波が消失します。さらに心電図波形上には、当該誘導から見て壊死に陥った部分の対側にある健常な心筋の電気活動が反映されるため、それがQ波となって現れるのです。完全右脚ブロックの心電図であれば右側胸部誘導のQRS波がrR’型になるはずなのが、この心電図ではQR型になっていたのはこのためだったのです。 - Axis
肢誘導でR波とS波の大きさの差が最も少ないのはII誘導とaVR誘導で、しかもその差がaVRでより少ない事から、おおよそその電気軸は-45度より左と考えられます。-45度より左という事は、この心電図には左脚前枝ブロックもあると診断しなくてはなりません。完全右脚ブロック + 左脚前枝ブロックということで2枝ブロックという診断になりますね。
今回の心電図はQRS幅が正常上限を超えていることから、心室の興奮が異常(正常の刺激伝導系を逸脱した興奮)と判断できますので、ここから先のT波やQTに関しては所見を拾っても意味がありません。
ということで、今回の心電図は 左房負荷 + 2枝ブロック + 心筋梗塞 という診断です。
今回の心電図は少し難しかったでしょうか? 各々の診断に必要な所見の一つ一つはさほど難しくはありません。しかし、複数の診断が重なり所見が組みあわさってくると、たちまち難解な心電図になり、読み落としも出やすくなってしまいます。そんな時も原則に従って順序良く所見を拾っていけば、自ずと異常に気づくことができ、後はアタマを一ひねりさえすれば診断がつくようになるのです。