『口腔ケアに使う消毒液について(パート1)』

解説:北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学分野高齢者歯科学教室准教授 渡邊 裕

 看護、介護の現場で口腔ケアを行なうときに多くの方がまず考えるのは、「消毒液は何がよいのかしら?」ということのようです。私のその疑問に対する回答は「何でもよいと思います」となります。近年カテキン水や強酸性水などを用いて口腔ケアを行なったところ効果があったとの報告がなされているようですが、研究方法は十分でないことが多く、試験管の中でカテキンの口腔内細菌に対する効果が証明されたとしても、その濃度と同じ濃度のカテキン水を日常臨床の場で使用することは困難です。まして強酸性水などは取り扱いがさらに困難であり、効果がある状態で使用することは不可能と言わざるをえません。たぶん強酸性水としての効果ではなく、元の塩水としての効果が発揮されたものと思われます。

 話は変わりますが、以前どこかの学会で口腔ケアのお話をさせていただいた時に、どちらかの病院の救急救命センターの先生に「挿管中の患者のMRSAを消すためにイソジンの原液を使って口腔ケアを行なったが、一時的には無菌になるが、すぐにMRSAが検出されてしまい困っている。口腔ケアは本当に効果があるのか」とのご質問を受けました。私は壇上である意味立ちつくしてしまいました。

 口腔ケア時に使用する消毒液については二つのことを考える必要があると思います。一つは口腔咽頭の細菌に対する効果です。もう一つは口腔内の粘膜に対する為害性です。というのも消毒液も当然薬品であることに違いはありませんので、その効果と副作用について熟慮した上で使用する必要があるのです。例えば口腔ケアで多くの病院や施設で使用されているイソジンについてですが、表1のような研究結果が報告されています。

『肺炎とたたかう口腔ケア』

この表からわかることは、イソジンの殺菌効果はイソジンの濃度が高いほど有効であるというわけではないということと、粘膜への為害作用はイソジンの濃度が高いほど強いということです。つまり口腔ケアで用いるイソジンは0.1%(100倍希釈) (図1)くらいが適当だということになります(もちろん口腔内は唾液などが存在し、イソジンはそれらによりすぐに希釈されますので、0.1%より若干濃いめがよいということになります)。

『肺炎とたたかう口腔ケア』
図1 1%イソジン(0.1%ポピドンヨード)

 この研究結果からもイソジンを原液で使用することは無意味であることはご理解いただけるかと思います。もう少し具体的なお話をさせていただきますと、口腔において粘膜は細菌感染の最大の防御機構です。それが損傷を受けた場合、細菌の侵入を許してしまうことになります。さらに粘膜表面が損傷を受けると損傷部位は炎症を起こし、血管の透過性が亢進します。そして浸出液が漏出しフィブリンを中心とした膜で損傷部位は覆われます。この膜の中で粘膜は徐々に治癒していくことになるのですが、この滲出液の膜は細菌にとって格好の繁殖の場になってしまいます(図2)。

『肺炎とたたかう口腔ケア』
図2

  つまりイソジンの原液で口腔内の細菌を一時的にゼロに近い状態にできたとしても、粘膜を損傷したため、細菌が繁殖しやすい環境ができ、その時に使用している抗菌薬に抵抗性を示す緑膿菌やMRSAさらにはCandidaなどの真菌が繁殖し、より重篤な感染症へと移行させてしまうことになるのです。

 つまり口腔ケアで用いる消毒液の選択基準でまず考えなければならないことは、粘膜を障害しないということです。そう考えるとお茶や強酸性水(食塩水)はこの基準を満たすことになります。

  次に考えなければならないことは細菌に対しての効果ということになります。これについては次回にお話させていただくことにいたします。

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